脳性まひの二次障害体験談

 私は脳性まひです。1998年6月に首の手術をしました。二次障害(私の場合は頸椎症)についての情報が少ないと私は感じています。私のプライベ-トな体験でもありますが、みなさんにも知ってもらいたらと思っています。

   (AJU福祉情報誌36号掲載)

手術前、新婚旅行でオーストラリアへ

症状が出てきたのは5年前
 指先のしびれと首の痛みが出てきたのは5年前。更生援護施設を退所して障害者の下宿屋(福祉ホーム)で暮らし始めた頃でした。その時は一人で歩行ができ、身のまわりのことは時間をかければ自分で出来ていました。友人の紹介で、現在診てもらっている病院を知り、診察をしてもらい、私は医者から初めて二次障害という言葉を聞きました。このままだと将来寝たきりになると言われてショックでした。そして首の手術を勧められましたが、新しい生活を始めたばかりだったし、手術することがこわくて、とてもその気にはなれませんでした。今考えると、その時に手術していればなと少し思っています。この時は手術しないで薬とカラー(首を支えるもの)で様子を見ることにしました。

予防
 私は頭が急激にカクンと下を向いてしまったり、首が絶えず動いている状態なので、首の動きを少なくして、頸椎への負担を軽くするため、カラーを付けることになりました。私はカラーを付けることにあまり抵抗はなかったと思います。最初に付けたカラーはすぐに変形してしまいました。そのカラーは型が決まっていて弾力性がなく、私の首の動きに負けてしまったのです。それに首が動くたびにあごがすれて痛いのです。医師と相談していろいろな形のカラーを4種類くらい試して、2~3年前頃から弾力性と通気性の良いカラー(でもやっぱり夏は暑い)になりました。カラーが自分に合っていたのか、しばらくは首の痛みやしびれはおさまっていました。これは根本的な治療ではないのです。

入院前の症状
 1997年の夏頃から左肩の筋力が衰えてきて、左手(利き手)で食事がしにくくなりました。そして右手を使うようになって、右手首も痛くなりました。年末には転びやすくなってきて、屋内でさえも歩行できなくなりました。首から手足にかけて電気のようなビリッとするしびれが時々走るようになり、お正月には首からの痛みとしびれが身体中をおそいました。病院に3週間程度通院し、神経の通りをよくする薬を点滴しました。でもあまり効果はなく、これ以上悪くなる前に手術した方がいいと言われました。私はこの頃、結婚も決まっていたし、今すく手術はしたくありませんでした。手術のこともよくわからなかったし、他の二次障害の人はどうしているんだろう?他の病院ではどういう手術をしているんだろう?などとふと考えてしまい、自分なりに他の人に聞いたり、他の病院にも行ってみることにしました。

脳性まひの二次障害 体験談パート2

(AJU福祉情報誌37号掲載)

 私は脳性まひで二次障害の症状がひどくなって、1998年5月から頸(くび)の手術のため4ヶ月ほど入院しました。現在は元気に過ごしています。 手術をする前に、「他の二次障害の人はどうしているんだろう?」、「他の病院ではどういう治療をしているんだろう?」という疑問にぶつかりました。それで資料集めをしたり、他の病院にも受診しました。「二次障害(私の場合は頸椎症)とは何か」を考えてみたいと思います。「セカンドオピニオン」ついてもふれます。

 私はアテトーゼ型脳性マヒです。二次障害を考える前にもともとの障害についてふりかえってみます。

アテトーゼ型脳性マヒとは
 出産前、出産時、出産後一年間に脳のある部分に損傷を受けたことによる、つまり脳が正常に機能しないことによって起こる、随意筋(自分の意思の思うままに動かすことのできる筋肉)機能障害であるといえる。非進行性で生涯を通じて存在するのが特徴。脳性マヒはCP(Cerebral Palsy)とも呼ばれる。脳性マヒには痙直型、アテトーゼ型、硬直型、失調型の種類がある。アテトーゼ型とは筋の緊張は強いが、筋そのものは正常。顔面や四肢の筋肉の不随意運動(アテトーゼ)があり、四肢の運動は自己の意志によらず、目的もなく行われる。目的のある動作をしようとする時や精神的に緊張している時に、アテトーゼが強く出たり、不自然な姿勢を取ってしまうのが特徴。

「脳性マヒ者の二次障害に関する報告集Ⅱ」から

頸椎症(頸髄症)とは
 体幹の支持組織として脊椎(背骨)があり、頸椎、胸椎、腰椎、仙骨、尾骨で構成される。頸椎は脊椎のなかで最も頭側にあり7個の骨(椎骨、第1頸椎から第7頸椎)から成る。脊髄、神経根は脳の指令を体幹、四肢の筋肉に伝え、それを収縮、弛緩させ、手足に生じた痛み、温冷感などを脳に伝える働きをする。脊柱管内に椎間板ヘルニア(椎間板のなかみが後側方に脱出して脊髄や神経根を圧迫する)、骨棘形成などが生じたとき、脊髄、神経根が圧迫され、筋力低下、しびれ、痛みなどの神経症状を起こしてくることがある。これを脊髄症(頸髄症)、神経根症である。

「脳性麻痺の頸髄症」から

資料を集める
 通院している病院で手術した人に話を聞きました。その人の話では手術して調子がいいからと手術をすすめられました。でも私の周りの人は手術はやめたほうがいいという意見が多かったです。二次障害についてインターネットやWE’LL(ウィル:バリアフリー関連の雑誌:現在は休刊)で調べて報告書を送ってもらったり、パソコン通信で同じように二次障害で悩んでいる人に向けてメールを出しました。1人から反応があり、何度かメールのやりとりをしました。資料集めをしていて、二次障害という考え方の歴史が浅いこと、それによって手術を受けても良くなるどころか悪くなると思っている人が多く、手術をしない治療を選ぶ人が少なくないことがわかりました。

二次障害の原因
 私の場合は第3頸椎から第6頸椎まで変形を示し、特に第3頸椎と第4頸椎の間で強く圧迫されていて、そのまま放っておくと寝たきりになると病院で言われました。首のすわりが不完全な上にアテトーゼ(もともとの障害)があるので、首が動きすぎることから二次障害(私の場合は頸椎症)が発症しやすいということでした。子供の頃から「ガンバれば何でもできる」、「手伝ってもらうのは良くないこと」などと周りの人から言われ続け、自分の身体が無理していることに気づかず、歩きすぎたり、細かい作業をしたりして、健常者より早く身体が老化していくことも知らず、二十歳を過ぎて痛みが出始めたときも仕方がないと思い込んでいました。痛みが悪化しないと病院にも行きませんでした。自分自身が自分の身体を理解していませんでした。病院に行っても医師の説明がないまま薬だけもらって帰ってくることも多く、自分から医師に聞こうともしませんでした。障害があるから仕方がないと諦めていた部分がありました。この他にも原因はあると思うけど、二次障害に関しての情報がなかったこと、身体を無理して動かしていたことなどが原因ではないだろうか。

セカンドオピニオンを受けてみて
 現在受診している病院で、私は首の手術をすすめられて、不安に思ったことを次の診察で医師に聞けるようにメモにまとめることにしていました。手術することは理解できましたが、手術の方法や手術することへの不安、首が動いてしまうためハローベスト(首を固定するもの)と呼ばれるものをつける手術方法に不安がありました。本当に手術して良くなるのか、どんな手術をするのか、その手術方法は一般的なのか、手術後はどうなのか、手術する医師が私にとって(この手術に関して)良い医師かなどを他の病院で確かめたかったのです。そして私は紹介状などをもらって、他の病院を受診しました。その病院の医師は私の質問にやさしく答えてくれました。付添で行ってもらった人に初診の手続きと診察のときに通訳をお願いしました。診察結果も質問の回答も前の病院と変わらなかったので、私は前より安心して手術してみようという気持ちになれました。

セカンドオピニオンとは
 どんな病気で病院を受診したときでも、病気に対しての不安を持つことはあると思います。医師の説明で理解して納得できればいいのですが、不安が残っているのに何度も医師に聞くのは悪いと思う人もいると思います。不安に思うことは何度でも医師に聞くこと、何度聞いても不安が残っている時、他の病院に受診したいと思うことは悪いことではないのです。自分の病気を理解し、納得した治療を受けるために他の病院を受診しても良いというのがセカンドオピニオンというものです。間違えてほしくないのは、主治医とけんかしてしまった時など他の病院に行くことはセカンドオピニオンではありません。前の病院に戻っても良い関係でいられることが大切です。

セカンドオピニオンを受けるための注意点
・自分の身体を知っておく。(人任せにしない)
・主治医といい関係(再度受診できるような関係)を作る。
・他の病院ですぐ受診できるように紹介状を書いてもらい、MRIなどの写真を借りる。
・他の病院を受診するとき、不安な場合は誰かに付き添ってもらう。
・治療法など自己選択できるように納得できるまで聞く。
・何を聞きたいかをはっきりしておくこと。

 私が子供の頃は、「障害があるんだから健常の人の倍は頑張らなきゃいけない。」そういう時代だった。現在でもそれは変わらずあるように思う。二次障害になってもなお前向きに頑張り続けている。発想を変え、歩くことにこだわらず車いすを手に入れることで行動範囲も広がっていく。それでまた新しい問題がみえてくる。道路や建物に段差があると病院にも行きにくい。障害を持った人を診てくれる病院は未だに少ないと聞く。障害を持っていても診てくれる段差のない病院がもっと増えれば二次障害の早期発見、治療ができるのではないか。障害を持っていても気楽に行ける病院が増え、二次障害さえ起きないように医療体制や「障害があるんだからとにかく頑張らなきゃいけない」という考え方を変えていかなければいけないと思う。

病院で好きなカフェオーレを飲んでるところ。転ぶと危ないとヒモで縛られている。

脳性まひの二次障害 体験談パート3

(AJU福祉情報誌38号掲載)

 私は脳性まひで二次障害の症状がひどくなって4ヶ月ほど入院しました。現在は元気に過ごしています。 パート2では二次障害の原因などについて書いてみました。今回は入院生活とその後の経過について書こうと思います。

不安な毎日
 4月下旬に入院日と手術日が決まり、手術することに決めたものの入院までは不安な日々が続きました。そして5月11日入院。5月17日に丸坊主になりました。前日長い髪をショートカットにしたので、それほどショックではありませんでした。翌日ハローベストを付けました。手術室で局部麻酔を打ち、ボルトを頭に刺して首を固定する金具を取り付けるのです。麻酔で痛さは感じなかったけれど、いやな音がしたり、口が渇いて苦しかったです。ハローベストを付けてからの私は、ボルトが刺さっている部分の痛みと首を固定しているので、首を無意識にでも動かしたい強い緊張に悩まされました。異物(ボルト)が頭に付いているので、化膿を防ぐため薬を多めに飲むので、薬で胃がやられ食欲もなく、腰や首から造影剤を注射して神経を調べる造影検査などの痛い検査も受け、辛い日々が続きましたが、私は最後の検査の時、こんな痛い検査をしたんだから手術も怖くないと思いました。

手術
 6月4日手術。朝から手術の準備であわただしくて、覚えているのは指輪がはずれなくて苦労したことです。手術方法は首の後ろを縦に切開し、脊髄を圧迫している第三から第六頸椎を後ろから開き、くさびを打ち込むように腰の骨を移植し、頸椎を広げて神経の圧迫を取り除くというものでした。手術は無事成功。でも手術後、麻酔から覚めてきた時、病棟中に響きわたるほどの声で「痛い」と叫んでいたそうです(私にはあまり記憶はない)。首の痛みは1週間ほどで治まり、腰の痛みは少し残っていましたが、その後の経過は順調で、1週間後にはリハビリも始まり、少しずつ良くなっていきました。首の切ったところの痛みもなくなり、首は固定されているので、体力や筋力の衰えを防ぐため、なるべく体を動かすように言われ、2~3週間後には車いすに乗っていました。

ハローベストはもういやっ
 腰まであるハローベストは、肩から腰の部分までプラスチックで出来ている。プラスチックの部分が身体にあたると痛いので、身体との間に毛皮を挟むので、夏はとても暑いです、ハローベストが腰の骨を取った部分にあたると痛い。  7月中旬頃からハローベストに付いている頭を固定するための4本のピンの一カ所が膿んできて、良くならないので7月26日にピンを外して消毒をしました。この日はいつものガーゼ交換だと思っていたので、痛さと怖さでまたも病棟中に響きわたる声で叫び、お騒がせしました。

顔は笑っているけど・・・。

入院生活
 8月15日 お盆で病院も人が少なく淋しい感じがする。病院は夏休みがなく、土日以外はリハビリがある。現在、平行棒を5往復くらいの歩行と歩行器で練習したり、おもりをつけて手足の筋力トレーニング、自分で食事をすることを始めた。介助はしてもらっているが、食べにくい物以外は自分で食べている。8月末にCTを撮り、具合が良ければ9月上旬にはハローベストがとれる予定。今は早く9月にならないかといつも思っている。でもハローベストをとったあと、身体のバランスが違ってくるので、どうなってしまうのか少し不安だが、無理をしないでリハビリをしようと思っている。
 9月12日 入院生活が4ヶ月ともなると面会も少なくなり、土日はとても暇をしている。昼寝もできないし病院内をウロウロしている。 やっと外出許可が出て明日13日家に帰る。部屋がどんなことになっているかちょっと心配だけど・・・・。久しぶりにウキウキした気分。退院後の生活のこともあるので、家での移動や玄関やトイレの手すりをどう付けるかなど確認も必要だが、とにかく病院から出られるのはとても嬉しい。今リハビリ以外の時間も歩行訓練をしている。歩行器または人の手を借りて、部屋から食堂まで歩いている。

ハローベストを取った直後

待ちに待った退院
 他の入院患者さんは、1~2ヶ月で退院してしまうので、とてもうらやましいと思っていました。でも振り返ると長いようで短い4ヶ月でした。 10月1日めでたく退院。左足がむくみ、膝が曲がらなくて、トンビ座りができないので、床に座れなかったり、手すりが無く家での移動は少し不安が残っていましたが、入院前と比べて首から身体にビリビリくるしびれと痛みはなくなり、金力が衰えて動かなかった左手も少し動くようになり、身体が楽になりました。入院生活のいろいろな思い出が頭をよぎりました。辛いことも多かったのですが、首からくるしびれがなくなっただけでも、私は手術を受けて良かったと思いました。

退院後
 家での生活は入院前とあまり変わらないようにしています。職場にすぐ復帰して、少しずつ仕事ができるように身体を慣らしています。2~3週間に一度、診察とリハビリに通院しています。結婚して間もなく入院してしまったので、新婚(?)生活を楽しんでいます。現在は手首が痛くて歩行器が使えなくなり、家の中でも車いすを使っているので足の筋力はおちました。家事とかはできないので、ホームヘルパーなど利用して生活しています。仕事はあまりしないようにしていますが、つい家に帰るのが遅くなったりします。

セカンドオピニオンについての追記
 私はセカンドオピニオンという言葉も知らないで、情報を集めた結果、やはり一つの病院の考えだけで決断できなっかたので、他の病院で見てもらうことにしました。でもそれは自分ではうまくいったなんて思ったわけではありません。主治医には直接言わず、受付の人に「レントゲンやMRIの写真を貸して下さい」と言ったのが、すぐに借りれてしまった訳で、たぶんこの病院はそういう患者さんが多いからだと思いました。それから相談できる人がいたので、そういうやり方とか教えてもらったからできたと思います。再度元の病院に受診したときでも主治医は何も言わず診てくれました。

まとめ
 二次障害について私なりに書いてみましたが、とても難しい問題だと思いました。障害を持った人もその周囲の人も「障害があるんだから頑張らなきゃいけない。」という考え方があたりまえのように捉えられていると思います。自分の体が思うように動かなくなったり、痛みがあっても、「怠けていると思われたくない。」、「もう少しだから頑張ろう。」として無理をしてしまい、二次障害が進行し、手遅れになる可能性もあるわけです。治療に関して言えば、自分自身どうしていいか決めかねている人もいると思います。手術するかしないかも、周りの人々の考え方や自分の置かれている環境に左右されてしまう。例えば親に手術を強く奨められる人、逆に反対される人もいると思います。だからこそ自分自身も詳しく医者に聞くなど情報を集め、周囲の人達もその人に合った治療を考えてほしいと思います。そして自分が納得した治療を受けてほしいと思います。特に言語障害があると、医者とのコミュニケーションは難しいと思いますが、聞きたいことをメモにしたり、信頼できる人に代弁してもらうことが大切だと思います(悔しいけど言語障害があると子供扱いする医者もいる)。私は周囲の人たちに支えられて、自分も情報を集めて納得したから手術が受けられたと思っています。今は元気になれて本当に良かったと思っています。皆さんもおかしいなと思ったら、自分の身体を知っておくためにも早めに病院で検査をすることをお奨めします。

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